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馬上の姫君   第七章   秀吉矢傷の後ー3
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                馬上の姫君

           第七章  秀吉矢傷の後ー3

  四日目の早朝、秀吉は木造、関、長野の伊勢侍だけを前線に立たせ

 て戦わせ、弟秀長の配下に矢文を射させた。

 『攻めるも伊勢侍、守るも伊勢侍のみで何とも痛ましい限りである。

 無益な戦は止めようではないか』

  矢文は阿坂城将遠藤五郎左衛門の陣内に落ちた。遠藤は子の篠助と

 密談、一族郎党を助ける条件で織田に内通することにし、身内の者に

 命じて城内の火薬に水を掛けさせ、裏城戸よりコッソリと逃亡した。

 遠藤父子に寝返るように働きかけたのは浅井の家臣で同族の遠藤喜右

 衛門であたとされる。

  藤吉郎は遠藤父子の手引きで、間道より二百の兵を潜入させ要の曲

 輪を攻撃、難不落の城も次第に攻め込まれ、とうとうに落城の憂き目

 を見た。

  大宮入道含忍斎、武蔵守、大丞らの主だった城将らは血路を開いて

 矢頭峠越えに大河内城へ落ちていった。具教は、阿坂が落城した段階

 で、信長の進路に牽制のため配置した軍団のすべてを大河内城に終結

 させ、本丸決戦に備えた。

  その後の阿坂城には滝川左近将監大伴宿祢一益の軍勢が押さえとし

 て入城した。

  阿坂を脱出した与志摩は目付本居惣助や北畠国永、金児二十郎ら数

 人と山間の道を通って波瀬に抜け、波多の横山の御台屋敷に立ち寄っ

 た。正室松姫を救出して、霧山の城へ非難させなければならない。御

 台屋敷へ駆け込み、阿坂落城の急報を知らせようと松姫を探したが見

 当たらないい。侍女浜野に聞くとお倉をつれて波瀬川の川辺に花を摘

 みに出られたという。松姫の御台屋敷での日課は、合戦に死んだ多く

 の北畠家臣の霊に読経し、弔うことであった。この時期、松姫は大岩

 の辺りの川べりで、侍女と仏前に生ける曼珠沙華を摘む。与志摩は捜

 しに出た。波多の横山を後(うし)ろにして鳥沖の田んぼが広がり、黄

 金の稲穂を垂れていた。波瀬川の清流が川床の大岩を洗って滔滔と音

 を立て、両岸には燃え立つように曼珠沙華の一群が咲き誇っている。

  前方の河畔に華を摘む松姫の姿があった。

 「御台様、阿坂城が織田の手中に陥りました。生き残った城兵は皆、

 大河内城、霧山城へ退散致しております、織田の手勢は間もなくこの

 御台屋敷にもやってまいりましよう。とり急ぎ、殿のもとへお帰りく

 ださりませ」

 「与志摩、慌てずともよい。わたくしは大河内城にも霧山の城にも戻

 りとうはない。日頃から申している通り、松姫の死に場所はこの波多

 の横山の御台屋敷と決めている。織田の軍勢が来るならば来たでよい

 ではないか。松姫の終生の住処はこの屋敷じゃ。もしもの時は、ここ

 で潔く果てれば良いと覚悟も出来ている。それまで、心静かに、戦い

 に死した北畠家臣の霊を弔わせてはくれぬか」

 「…しかし、ご正室であり、現国司の御母堂であらせられる御台様の

 御静動は、以後のご当家の戦局に多大なる影響を与えることになりま

 するが…」

 「わたくしが正室で具房の母であることなど、織田の者たちに分かり

 はせぬ。言わねばそれですむことじゃ。わたくしのことで北畠に迷惑

 が掛かるようなことがあれば、その時こそ死に時と言うもの。立派に

 死ねばそれで済むこと。心配してくれずともよい」

 「…この六月に伊賀音羽に滞在のお屋形さまにお目通りいたしました

 が、その折り、お屋形様は万が一の時は松姫様を伊賀音羽の里にお連

 れせよとお命じになられましたぞ…」

 「それは兄上の心得違いというもの。信長に観音寺城を追われて伊賀

 に退去なれた兄上は気弱になっておられるのじゃ。…一旦、国司家に

 嫁いだわたくしがどうしてそのような真似ができよう。出来るはずも

 ない。わたくしの最期は北畠に嫁いだ者として死なねばならぬのじゃ。

 …よいか与志摩、あの時、兄上はな、そなたが兄上から託された短筒

 で私に国司家の正室として潔く死ねと言うておいでなのじゃ。兄弟じ

 ゃゆえ、兄上のお考えはようわかるのじゃ…」

 「………」

 「与志摩には近江をはなれ、この伊勢の国で女佐の臣としてようわた

 くしに仕えてくれた。わたくしが奥深い霧山の城で心強くやってこれ

 たもすべて与志摩のお蔭じゃ。改めて礼を言わねばなりませぬ。あり

 がとう……。そなたが殿のもとへ帰り北畠と命運を共にするならばそ

 れも好い。また兄上の随兵として、伊賀へ行きたければそれでもかま

 わぬ。好きにするがよい」

 「何をおっしやいますか、勿体ないお言葉、それ程までにおっしゃる

 ならば、与志摩もこの御台屋敷で最期までお方様のお供を仕ることに

 覚悟を定めましょう」

  この地に留まることを決意した二人が波瀬川の畔(ほとり)から御台

 屋敷に戻ってみると、本居惣助、北畠国永、金児二十郎らが遅しとば

 かり待ち構えていて急き立てた。

 「御台様、お急ぎくだされ」

  そこで、与志摩が御台屋敷に留まることを告げると、惣助も納得し

 て言った。

 「私は大河内城の殿のもとで最期まで織田と戦って参ります。殿にお

 言付けがございますればお申しつけ下さりませ」

 しかし、松姫は何も言わなかった。


 
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