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馬上の姫君   第七章   秀吉矢傷の後ー2
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               馬上の姫君

          第七章  秀吉矢傷の後ー2

 まもなく夕闇に閉ざされようとした薄暮の時刻、城の麓まで近寄った織

 田の騎馬武者が矢文を打ち込んだ。

 『小城ながら天晴れな戦いぶりである。この城一つ落とすぐらい容易(た

 やす)いことであるが、あたら多数の勇士を死なせることは忍びない。弾

 正忠目指すは大河内の城のみである。ここは休戦にいたすが筋目ではな

 いか』

  これを見た籠城の兵士は、すぐに返事の矢文を打ち返す。

 『国司家は武門の名家。弓矢に誓って命ある限り戦うであろう。命惜しく

 ば雲出川の向こう岸へ引き下がれ』

  翌早朝、知らせを受けた信長は矢文に激怒した。

 「まず城下に火を放て、街が灰になる頃、援軍を差し向けるであろう」

  下知に従い焼き払うと、やがて信長からの援軍五千が到着する。これで

 気を強くした藤吉郎は全軍に攻撃命令を出し、自らも阿坂城の堀際まで

 先駆けして近づいた。

  その時、城中より、射程に入った藤吉郎に狙いを定めて弓弦を引き

 絞った者がいた。北畠家老阿坂城代大宮入道含忍斎の子大之丞景連で

 ある。

  弦を離れた鏑矢は、藤吉郎の左股にグサリと突き刺さる。

  秀吉は苦痛に顔を歪めてドウと落馬した。

 「弓射る敵は教経か、はたまた為朝か。たった一人の矢先に恐れをなし

 攻め口を退くことのあるべきか」

  秀吉は芝居じみた所作で喚き散らし、這いずり回って、尚も前進を始

 めたが、弟の秀長が必死に押し留めて連れ帰った。

  藤吉郎秀吉、三十四歳。生まれて初めての矢傷であった。

 「危ういところであったわ。秀長」

  冷静を取り戻した秀吉は、小笹徹之助を遣わし、信長の出馬を仰ぐ。

 出陣直前、信長は木造家老柘植三郎左衛門と滝川三郎兵衛を召し出し、

 もとは北畠に縁のあった二人から阿坂城の弱点について聞き質したが期

 待するものが得られなかった。そこで二人に地図を作らせることにした。

  柘植は娘奈津を殺された怨念から、作図に精通する安川孝之進、松本

 梅之助、野田哲馬、米倉允兵衛らの配下の侍に急ぎ地形を調べさせて、

 見取り図を作らせ、積極的に協力した。

  地図が完成すると、木造、関、安濃津の三城より三千の伊勢侍を招集、

 それに織田の五千、藤吉郎秀吉の三千、さらに蒲生、池田、稲葉らの軍

 を合わせて一万八千の兵で阿坂城を包囲、城下に火を放たせた。そのた

 め山麓にあった北畠の菩提寺、浄眼寺は一瞬のうちに灰になった。焼き

 討ちの後、調べ尽くした手薄な谷間より侵攻をはじめ、鉄砲隊に盛んに

 銃弾を撃ち込ませた。


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